大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)2469号 判決 1966年6月30日
原告 浪速産業株式会社
被告 株式会社 大国屋
主文
当裁判所が昭和四〇年五月三一日、同年(手ワ)第四二七号事件につきなした、手形訴訟による判決を次のとおり変更する。
被告は原告に対し金一九六、一一〇円およびこれに対する昭和四〇年四月一六日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一は原告の、その余は被告の負担とする。
この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実
原告申立の請求の趣旨、その主張の請求の原因、これに対する被告の答弁は、次の事実を附加するほか、右手形判決に示すところと同一であるから、これを引用する。
被告訴訟代理人は抗弁として次のとおり述べた。
仮に然らずとしても、被告は富士製靴株式会社振出にかかる金額金一、〇〇〇、〇〇〇円、支払期日昭和三九年一二月二五日、支払地、振出地とも大阪市、支払場所大和銀行萩ノ茶屋支店、受取人被告、振出日昭和三九年八月三日、振出人富士製靴株式会社とする約束手形一通を所持している。そして、原告は前記の如く期限後裏書により本件手形を取得したものであるから、被告は富士製靴株式会社に対し生じた理由を以て対抗しうる。よって、被告は本訴において右手形金債権を自働債権として、本件手形金債権と対等額につき相殺の意思表示をする。
仮に右相殺の意思表示によりその効力を生じないとしても、被告は富士製靴株式会社に対し革の売掛代金債権金一、〇〇〇、〇〇〇円を有するので、被告は、本訴において、右売掛代金債権を自働債権として、本件手形金債権と対等額につき相殺の意思表示をする。
原告訴訟代理人は被告の抗弁に対し次のとおり述べた。
一、裏書欄の被裏書人の記載の抹消は裏書全部の抹消ではなく、白地式裏書となるにすぎないもので、右抹消が権限あるものによってなされたと否とを問わない。原告は第一裏書欄の富士製靴株式会社の白地式裏書、第二裏書欄に原告の白地式裏書の記載のある裏書の連続のある正当な所持人である。
原告が期限後裏書により右手形を取得したことは争う、仮に然らずとしても、
二、原告は株式会社大和銀行から右手形の裏書譲渡を受けたものであり、被告の富士製靴株式会社に対し有する人的抗弁は、同会社に対抗することにとどまり、満期前の譲受人たる右銀行に対抗しえず従って、同銀行から裏書譲渡を受けた原告には対抗できない。
三、そして、右手形が被告主張の如き前渡金の支払方法として振り出されたものであることは争う。仮に然らずとしても、前渡金は先履行の義務があるものであるから、被告は富士製靴株式会社に対し本件手形金の支払を拒むことはできない。
四、被告が富士製靴株式会社に対し被告主張の如き債権を有することは知らない。
五、本件手形金債権は、大阪地方裁判所昭和四〇年(手ワ)第四二七号約束手形金請求事件の仮執行宣言付の執行力ある判決正本に基き債権差押及び転付命令をえて、被告が第三債務者たる浪速信用金庫に対し有する右手形金と同額である寄託金返還請求権につき移付をうけ、これにより原告は昭和四〇年九月二〇日その支払を受けたもので、被告がなした相殺の意思表示当時には、自働債権はとにかく、受働債権は存在しなかったのであるから、被告のなした相殺の主張は理由がない。
被告訴訟代理人は原告の右抗弁に対し次のとおり述べた。
一、原告がその主張の債務名義に基き、請求債権の事実上の満足をえたことは認める。
二、しかしながら、仮執行による執行の効果は確定的ではなく、後日本案判決が廃棄されることを解除条件としているものであるから、受働債権消滅を理由とする原告の右主張は理由がない。証拠として<省略>と述べた。
理由
被告が原告主張の手形を振り出したことは当事者間に争がなく、原告が右手形を現に所持していることは被告において明らかに争わないから自白したものと看做す。
そこで、被告の抗弁について判断する。
一、原告が適法な所持人であるかどうかについて、
本件手形の裏書関係の記載が、第一裏書欄に、裏書人として受取人たる富士製靴株式会社の被裏書人として株式会社大和銀行の各記載があり、右株式会社大和銀行なる記載が抹消せられていること、第二裏書欄に、裏書人として原告名が記載せられていることは、甲第一号証の一、二の記載により明らかである。ところで、裏書欄の一部の抹消はそれが正当な権限者によってなされるときはその記載がなかったものと解するのを相当とするところ、証人西英輔、同山本佳介の各証言によると前記被裏書人の抹消は訴外馬崎幸章が富士製靴株式会社の代理人としてなしたものであることが窺われるから、右抹消により右第一裏書欄は富士製靴株式会社が白地式裏書をなしたものと認めるのを相当とする。しかるときは、原告は右各手形の裏書の連続のある正当な所持人と看做されるから、被告のこの点の抗弁の理由がない。
二、期限後裏書に関する抗弁について、
原本の存在については争がなく、証人西英輔の証言により真正に成立したものと認める乙第二号証の一、二と証人西英輛、同山本佳介の証言、被告会社代表者尋問の結果を綜合すると、本件手形の受取人たる富士製靴株式会社は割引のため、右手形を株式会社大和銀行に裏書譲渡したのであるが、右手形はいずれも同銀行が支払期日に支払場所に支払のため呈示したに拘らず、不渡となったこと、そこで、富士製靴株式会社は大和銀行から右手形を買戻すことになり、原告会社の出損のもとに、昭和四〇年三月九日右(一)、(二)の手形を買戻し即時前記の如く第一裏書欄の株式会社大和銀行なる被裏書人の記載を抹消してこれを原告会社に手交したものであることが認められる。右事実によると、(一)手形については原告会社は富士製靴株式会社から期限後裏書によりこれを取得したものであることが明らかであるが、期限後裏書というためには満期後の裏書をもってすべて期限後裏書とされるものではなく、拒絶証書作成期間経過後、すなわち、満期に次ぐ二取引日を経過して裏書のなされた場合に始めて期限後裏書となるものであるところ、(二)手形については富士製靴株式会社の原告への裏書は拒絶証書作成期間内になされたものであるから同手形の原告会社への裏書を以て期限後裏書と解することはできない。
ところで、本件手形は前記のとおり受取人たる富士製靴株式会社から株式会社大和銀行へ、同銀行から更に富士製靴株式会社へと転々流通せられたものであるところ、株式会社大和銀行が前記事実を知りながら右手形を取得したことを肯認するに足る証拠はないから、同銀行に期限前裏書せられたことにより右抗弁は一たん切断せられたものというべきであるが、その後再び富士製靴株式会社の手中に入ったのであるから、かかる場合には、株式会社大和銀行の取得による抗弁の切断にかかわらず、富士製靴株式会社に対し右抗弁を主張することができるものというべきである(昭和一〇、二、一四集一四・一二七参照)から、被告会社は期限後裏書による取得者((一)手形について)たる原告会社に対し、期限後裏書の裏書人たる富士製靴株式会社に対し有する抗弁を以て対抗しうるものというべきである。
ところで、被告は、右手形は商品代金の前渡金の支払方法として振り出したものである旨主張するが、この点に関する被告会社代表者の供述も、それのみでは未だ当裁判所の心証をひくに足らず、他にこれを肯認するに足る確証もないのみならず、前渡金の支払は他に特段の事情のない限り、商品の履行に対し先給付の関係にあるものと解すべきであるから、商品の履行がなされないということにより当然にその履行を免れるものではないと解するのを相当とすべく、被告において他に特段の主張をなさない本件においては、右手形が前渡金の支払方法としてなされたものであるとしても、この点の抗弁を採用することはできない。
次に相殺の抗弁について考えるのに被告が本訴において富士製靴株式会社振出の手形金債権を自働債権として本件手形金債権との相殺の意思表示をなし右手形を呈示したことは明らかであるところ、振出人名下の印影が、証人西英輔の証言により真正に成立したものと認むべき甲第一号証の一、二の富士製靴株式会社名下の印影と同一であることから、その印章により押捺せられたことが認められ、従って反証のない本件においては、真正の成立を推定すべき乙第一号証と被告が現に右手形を所持している事実によると、被告は右富士製靴株式会社に対しその主張の如き手形金債権を有することが認められる。
ところで、原告は受働債権である本件手形金債権は仮執行の結果消滅した旨主張する。しかしながら、仮執行の宣言に基く強制執行は、本執行とは異り、債権者と債務者間では確定的なものではなく、弁済の効力はないのであるから、これにより右手形金債権が弁済により消滅するいわれはなく、従って、被告はこれを受働債権として相殺をなしうることは多言を要しない。
そうすると、(一)手形金は右相殺の意思表示より消滅したものというべきである。
してみると、その余の争点につき判断をなすまでもなく、被告は原告に対し(二)手形金一九六、一一〇円とこれに対する訴状送達の日の翌日たること記録上明白な昭和四〇年四月一六日から完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべきである。<以下省略>。